初夏だから、日本手ぬぐいの素晴らしさについて語ってみた。

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初夏になると、私は必ず鞄に潜ませる物がある。それは日本手ぬぐいだ。汗をスッと拭きとれるうえ、乾きやすい。タオルではかさばる。ハンカチでは小さすぎる。日本手ぬぐいは薄く、かさばらず、大きさも丁度いい。その利便性の高さゆえ、夏の必需品となっている。
今回は、私が愛してやまない日本手ぬぐいの美について語りたいと思う。

日本手ぬぐいと聞いて、あなたは何を思うだろう。
「なんだが古臭い」。私も以前はそう思っていた。確かに生活の中で日本手ぬぐいを使う機会はそう多くない。今も変わらず愛用しているのは落語だろう。落語家は、日本手ぬぐいを財布や手紙、ハンカチに見立てる。落語家にとって日本手ぬぐいは、なくてはならないアイテムだ。

私は以前、五代目古今亭今輔の落語「もう半分」で、老父が飲み屋で財布からお金を取り出すシーンを見て目を奪われた。手ぬぐいを使ってあたかも本当に財布があるように思わせる、その妙技があまりにもあざやかだった。こんな話をすれば、なおさら古臭いイメージを与えてしまうもしれない。だが、ご心配なかれ。日本手ぬぐいには見落とされている美があるのだ。

そもそも日本手ぬぐいは、江戸時代、安くて便利な日用品として庶民の間に広まった。粋を楽しむ江戸時代であれば当然、人とは違う絵柄や文様などを競うようになる。江戸時代の上野不忍池では、手ぬぐいのデザインを競う催しものまで開かれたそうだ。江戸っ子たちは、日本手ぬぐいを一枚のキャンパスとして捉え、美を追求してきた。その文化と心意気は今も引き継がれている。

1枚の絵に描かれる四季折々の花や景色は、飾りたくなるほど美しい。それらが1枚1,000~5,000円で買える。5,000円の品を探すほうが大変なぐらいだ。こんな安価に変える芸術品は、日本手ぬぐい以外ではそうないだろう。
季節に合わせて絵柄を変える。行事に合わせて文様を変える。縁起物の絵柄も豊富にあるので、贈り物としても喜ばれる。季節、行事、贈り物に合わせて絵柄を変えるのも粋な楽しみ方だ。

日本手ぬぐいは、どこまでも庶民の味方だ。
新品で生地が固いうちは、手や体を拭いたり、敷物、雫避け、包み、鉢巻など、使い道は様々。何度も拭いたり洗ったりを繰り返すうちに、生地は柔らかくなり、深みと風合いが増す。それを愛でるのも楽しみ方の一つだ。くたびれてくれば、ハタキや雑巾にもなり、最後の最後まで使い切ることができる。これほど美しく便利な布はおそらくほかにないだろう。

浴衣や甚平を着る機会が多い夏。日本手ぬぐいもファッションの一つに加えてみてはいかがだろうか。

あぁ、書いているうちにまた日本手ぬぐいが欲しくなってきた。
今年も私は新しい日本手ぬぐいを買うのだろう。きっとそうに違いない。

 

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