サラリーマンのオアシス「居酒屋」の魅力について語ってみた。

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あたたかく灯る赤ちょうちん。このあかりに心を躍らせるサラリーマンは多いだろう。のれんをくぐれば、レトロな空間がそこにある。賑やかで騒がしく、だけど、心温まる居酒屋。
今回は、サラリーマンの心の寄り所である居酒屋の美について語りたいと思う。

私は社会人になってからの2年間、一人の先輩と共に全国各地を出張で飛び回った。その先輩は居酒屋が好きだった。行く先々の居酒屋に寄っては、徳利を二人でよく傾けたものだ。次来ることはほとんどない、一期一会の居酒屋通いだった。

はじめ私は、居酒屋の何が良いのか分からなかった。
店はお世辞にも洒落た作りとは言えない。狭い店内には、煙草と焼鳥の臭いが流れ、飲んだくれの大きな声が聞こえてくる。居酒屋とはそんなものだ。
しかし次第に、人間味溢れるどこかあたたかいその空気に馴染んでいく。通うほどに馴染んでいく。なぜだかその時は分からなかったが、今なら少し分かる気がする。

金曜の夜、サラリーマンたちは居酒屋に足を伸ばし、仕事の疲れとストレスをビールと一緒に身体に流し込む。同僚との話の中、お腹に流し込んだ不満が時々ひょこっと顔を出し、愚痴ってしまうこともある。同僚たちと仕事について語り、話に花を咲かせる。居酒屋に花が飾ってないわけだ。客の話が花になる。

歌謡曲「恋の季節」を始め、30年以上前の歌が流れる。昔懐かしい歌声に、ふと昔を思い出す。壁に貼られたポスターも時代を感じさせる。ビール片手に微笑む水着姿の昔懐かしいアイドル達。もうすっかりいい年になっているはずだが、この場所だけは当時の若いままでいる。

店主との会話も楽しみの一つだ。
「おすすめは?」と訊けば、「うちは○○が自慢だね!」「じゃ、それで」と、店主のおすすめを頼む。「どうだい、美味いだろう」と自信ありげに訊いてくる。美味いかどうかをいちいち訊いてくるのは居酒屋の店主ぐらいだ。
何年も通い続けていれば「親父、いつもの!」「あいよ!」と、阿吽の呼吸で品が出てくる。居酒屋ではマニュアルで決められた通り一辺倒の言葉は出てこない。店主の言葉には温かさがこもっている。
何年通ってもお店は変わらない。通い始めたときの姿のままだ。変わるのは、歳を重ねた自分と店主だけ。

少し分かった気がする。
のれんをくぐり、居酒屋の敷居を跨いだ瞬間から、30年前に時間が戻っているのだと。ここは、現代のことを忘れさせてくれる、ほんのひと時の空間なのだと。それは、歳を重ねるほどにしみじみと時間の経過を感じ、感傷深くなる。
昔懐かしい時間と時間を共にした同僚や店主との話が愉しく、心地良い。つい徳利を一本余計に転がしてしまう。

美は、人の心を酔わせるものだと私は思う。
サラリーマンたちはきっと、居酒屋にある美、居酒屋にしかない美を感じ取っている。気分良く酔っているのは、お酒の力だけではないはずだ。

今夜もまた、幸せそうな顔をして、千鳥足で家路に向かうサラリーマンがいる。居酒屋のひと時の余韻を残しながら。